制度の進化 ― 2026年度改定とその先
診療報酬改定は2年ごとに行われ、そのたびにプログラム医療機器の評価体系は前進してきました。2024年度改定でのプログラム医療機器等指導管理料の新設と選定療養の導入に続き、2026年度改定に向けた議論でも、SaMDの評価の在り方は継続的な論点となっています。業界側は、開発・治験コストに見合う点数水準、継続利用への評価、費用対効果データの活用などを求めており、制度は数回の改定を通じて完成度を高めていく段階にあります。
薬事面では、二段階承認の運用実績の蓄積が注目点です。第一段階承認で早期に市場アクセスを確保し、市販後データで本格承認へつなげる開発戦略が定着すれば、スタートアップの資金計画は大きく改善します。また、AIを組み込んだプログラム医療機器の審査基準、市販後の性能変化への対応など、次世代SaMDを見据えたルール整備も進むと見込まれます。
中長期的には、ドイツDiGAのような「デジタル専用の償還トラック」を日本に設けるべきかという構造論もあります。医療DX(電子処方箋、電子カルテ情報共有サービス、PHR)の基盤整備が進むほど、治療用アプリを処方・利用・評価するコストは下がるため、医療DX政策全体との連動が業界の追い風になるでしょう。
評価手法の面では、費用対効果評価の活用も注目されます。医薬品・医療機器で運用されている費用対効果評価制度の考え方をプログラム医療機器にどう適用するか、医療費削減効果や労働生産性への波及をどこまで評価に含めるかは、価格水準の妥当性をめぐる議論の核心です。業界側がRWDに基づく経済性データを整備し、支払側と共通の土俵で議論できるようになることが、制度進化の実質的な推進力となるでしょう。
技術トレンド ― 生成AI・ウェアラブル・PHR連携
技術面で最大の変数は生成AIです。認知行動療法の対話部分を大規模言語モデルで柔軟化する、患者の記録から個別化されたフィードバックを生成する、医療者向けのサマリーを自動作成するなど、治療用アプリの中核体験を高度化する応用が研究されています。一方で、生成AIの出力の一貫性・安全性をどう担保し、医療機器としての承認範囲にどう収めるかという規制上の難題も生じており、「AIの柔軟性と薬事の再現性」の両立が今後数年の技術・規制両面の焦点となります。
ウェアラブルデバイスとの連携も治療体験を変えます。スマートウォッチによる心拍・睡眠・活動量の連続データ、CGM(持続血糖測定)による血糖トレンドなどを治療アルゴリズムに取り込めば、患者の自己申告に依存しない客観的で個別化された介入が可能になります。デジタルバイオマーカーの確立は、治験のエンドポイント設計にも変革をもたらすと期待されています。
さらに、PHR(パーソナルヘルスレコード)や電子カルテとの相互運用が進めば、治療用アプリは単体の「アプリ」から、医療情報基盤に組み込まれた「治療モジュール」へと進化します。処方・アクティベーション・モニタリング・報酬算定までがシームレスにつながる世界では、現在の実装コストの多くが解消され、処方のハードルは大幅に下がるでしょう。
パイプラインの広がり ― 次に承認される領域はどこか
国内の開発パイプラインは、承認済みの禁煙・高血圧・不眠に続き、精神・神経領域(うつ病、ADHD、依存症、認知機能)、生活習慣病(糖尿病、肥満、脂質異常症)、婦人科領域、慢性疼痛、がん支持療法など多方面に広がっています。米国でうつ病治療補助アプリが承認されたように、精神領域は次の主戦場となる可能性が高く、国内でも複数の治験が進行しています。
疾患の広がりとともに、製品形態も多様化します。単体のアプリから、医薬品と併用してその効果を最大化する「アラウンド・ザ・ピル型」、デバイスと一体化したプログラム、VR・ゲーム型の治療体験まで、デジタル治療介入のスペクトラムは拡大中です。医薬品の用法遵守や副作用マネジメントを支援するソフトウェアを医薬品の価値の一部として評価する枠組みは、米国で先行して議論されており、日本にも波及し得るテーマです。
パイプラインの拡大は、支援産業にも波及します。DTx特化のCRO・データマネジメント、シャムアプリ設計の専門知見、エンゲージメント設計のUXリサーチなど、開発を支える専門サービスの需要は今後も拡大が見込まれます。
さらにその先には、「治療」から「予防・未病」への拡張が展望されます。発症前のハイリスク群への行動変容介入は、医療費適正化のインパクトが最も大きい領域ですが、現行の保険制度では評価が難しい領域でもあります。保険者の保健事業、企業の健康経営、自治体の予防事業といった保険外の枠組みと、医療機器としてのDTxをどう接続するかは、制度設計と事業設計の両面で今後の開拓テーマとなります。
実装の課題 ― 処方フロー・継続率・医療現場の受容
業界が直面する最大の実務課題は、承認・償還後の「実装」です。医療機関にとって、治療用アプリの処方は新しい業務フローの導入を意味します。処方コードの発行、患者への説明、利用状況の確認、診療報酬の算定という一連の流れが日常診療に無理なく収まらなければ、多忙な医療現場での処方は広がりません。オンライン診療や電子処方の普及と歩調を合わせた、処方体験の標準化・簡素化が業界共通の課題です。
患者側の課題は継続率です。治療用アプリは使われなければ効果を発揮できませんが、アプリ一般の継続率の低さはよく知られており、医療アプリも例外ではありません。行動科学に基づくエンゲージメント設計、医療者からの声かけと組み合わせた伴走モデル、家族を巻き込んだサポートなど、継続率を高める工夫が製品競争力の中核になります(この論点はブログ記事で詳しく考察しています)。
また、医療者の理解と信頼の醸成も欠かせません。学会ガイドラインへの位置づけ、医学教育での取り扱い、実臨床データの学術発表を通じて、「アプリを処方する」ことが標準医療の一部として受け入れられていくプロセスには、なお数年を要すると見られます。
市場予測と投資動向
市場規模の見通しについては、世界のDTx市場が2030年前後に200億〜300億ドル規模へ成長するとの予測が複数あり、国内市場も承認品目と償還環境の拡充を前提に、2030年頃に数百億円規模へ成長するとの見方が示されています。医薬品市場と比べればまだ小さいものの、成長率の高さと、医療費適正化への貢献という政策的意義が、市場の魅力を支えています。
DTx業界の中期ロードマップ(編集部整理)
- 2020〜2023年実証期:国内初承認(禁煙・高血圧・不眠)。承認・償還の前例が確立。
- 2024〜2026年制度整備期:指導管理料の新設、選定療養の導入、二段階承認の運用開始。米国では製薬主導の商業化が本格化。
- 2026〜2028年実装期:精神・生活習慣病領域で承認品目が拡大。医療DX基盤との連携で処方フローが標準化へ。
- 2028年〜定着期:費用対効果データに基づく評価の成熟。AI活用型SaMDの本格登場。医薬品・医療機器と並ぶ治療選択肢として定着。
投資動向としては、米国の淘汰局面を経て、投資家の評価軸は「承認の有無」から「償還と商業化の実行力」へ移りました。国内でも、CureAppやサスメドなどの先行企業が大型調達や上場を実現した一方、後続企業には収益化までの道筋のより具体的な提示が求められています。製薬企業のCVCや事業会社による戦略出資は、業界の主要な資金供給源として存在感を増しています。
資本市場との関係では、国内DTx企業の上場事例が増えることで、事業の成熟度を測るベンチマークが形成されつつあります。投資家は処方数・継続率・償還単価といったKPIの開示を求めるようになっており、業界の透明性向上は資金流入の好循環につながります。一方で、承認や償還の節目に株価が大きく反応する規制産業特有のボラティリティもあり、長期視点の資本との相性が良い業界と言えるでしょう。
第三の治療手段へ ― 業界が向かう先
治療用アプリ・DTx業界は、テクノロジーの流行としてではなく、医療制度の中に組み込まれる社会インフラとして育ちつつあります。日本は、皆保険制度の下で全国一律に償還される市場構造、高齢化と生活習慣病の膨大な医療ニーズ、質の高い臨床研究基盤という点で、DTxが社会実装される条件を備えた市場です。制度整備のスピードと評価水準という課題が解消されていけば、世界有数のDTx市場となるポテンシャルがあります。
ビジネスユニットにとってのアクションポイントは明確です。製薬・医療機器企業であれば、自社領域のパイプラインと提携機会の棚卸し。IT・サービス企業であれば、開発・実装・データ解析における支援ポジションの確立。投資家であれば、償還戦略と継続率データを軸にした目利き。いずれの立場でも、制度・技術・臨床の三領域を横断する情報収集が意思決定の質を左右します。
当サイトでは、今後も治療用アプリ・デジタルセラピューティクス業界の動向を継続的に報告していきます。市場全体像から海外市場までの各ページ、そしてブログもあわせてご活用ください。