DTxの継続率を左右する設計とは

夜のリビングでソファに座りスマートフォンのアプリを利用する女性

治療用アプリ・デジタルセラピューティクス(DTx)は、薬事承認と保険適用を得てもなお、最後の関門が残ります。「処方されたアプリが、患者に使われ続けるか」という問題です。医薬品の服薬アドヒアランスに相当するこの継続率(エンゲージメント)は、治療効果とビジネス成果の両方を規定する、DTx事業の生命線と言えます。本稿では、継続率の実態と、それを高めるための設計・運用の考え方を整理します。

処方後の離脱という現実 ― 数字が示す課題

一般的なスマートフォンアプリの世界では、インストールから30日後に使い続けているユーザーは数%程度にとどまるとされ、健康管理系アプリも例外ではありません。医師の処方という強い動機づけがあるDTxはこれよりはるかに高い継続率を示しますが、それでも治療期間の完遂までにはハードルがあります。ドイツのDiGA制度では、処方されたにもかかわらず患者がアプリを起動しない「未アクティベーション」が一定割合存在することが保険者の報告で指摘されており、処方と利用のギャップは制度先進国でも共通の課題です。

継続率の低下は、治療効果の減衰に直結します。認知行動療法ベースの治療用アプリは、日々の記録とフィードバックの積み重ねで効果を発揮する設計であるため、利用が途切れれば介入も止まります。さらに事業面では、効果が出なければ医師の処方意欲が下がり、リアルワールドでの有効性データも悪化するという負の循環に陥りかねません。継続率は単なるKPIではなく、臨床・事業・制度評価のすべてを貫く中心指標なのです。

実務では、継続率を一つの数字で語らないことも大切です。処方後にアプリを起動した患者の割合(アクティベーション率)、週次で利用が続いている割合、治療プログラムを完遂した割合(完遂率)では、意味も改善策も異なります。ファネルのどこで患者が離脱しているのかを分解して把握することが、エンゲージメント改善の出発点になります。

エンゲージメント設計の技法 ― 行動科学をどう実装するか

継続率を高める第一の武器は、行動科学に基づくプロダクト設計です。代表的な技法としては、目標設定と進捗の可視化(達成バッジ、連続記録日数の表示)、適切なタイミングでのリマインド通知、小さな成功体験を積み重ねるスモールステップ設計、個々の患者の状態に応じてコンテンツを出し分けるパーソナライゼーションなどが挙げられます。ゲーム型治療プログラムのように、治療体験そのものを楽しめる形に変換するアプローチもあります。

ただし、医療機器であるDTxのエンゲージメント設計には、一般アプリとは異なる制約があります。承認された「使用目的」の範囲を超える機能追加は薬事上の変更手続を要し、過度なゲーミフィケーションは治療の真剣さを損なう懸念もあります。通知の頻度一つをとっても、行動を促す最適点と、煩わしさによる離脱を招く限界点のバランスが問われます。承認範囲内で改善サイクルを回すために、変更計画確認手続制度(IDATEN)のような仕組みをあらかじめ設計に織り込む戦略も重要になります(制度の詳細は薬事承認プロセスをご参照ください)。

医療者の伴走が継続を生む ― アプリ単独で戦わない

DTxの継続率を支えるもう一つの柱は、医療者の存在です。治療用アプリは患者が一人で使う道具ではなく、医師の診察と組み合わせて機能する治療システムとして設計されています。診察時に医師がアプリの記録を確認し、フィードバックを与えることで、患者には「見てもらえている」という強力な継続動機が生まれます。国内の承認済みアプリが、患者アプリと医師用の管理画面をセットで提供しているのは、この伴走構造を制度的に組み込むためです。

この観点から見ると、診療報酬の設計も継続率に影響します。プログラム医療機器等指導管理料のように、医師がアプリを用いて指導管理する行為が評価されることで、医療機関側にも患者の利用状況を確認する動機づけが働きます。逆に言えば、処方して終わりの報酬設計では伴走が生まれにくく、継続率の低迷を招きます。製品設計・診療フロー・報酬制度の三位一体で継続を支える視点が、事業設計には欠かせません(償還制度の全体像は保険償還とビジネスモデルで解説しています)。

加えて、看護師や薬剤師、患者サポートセンターによる人的フォローも有効性が指摘されています。デジタルと人的サポートのハイブリッドは、コストとのバランスを取りながら継続率を引き上げる現実解として、国内外の事業者が採用を広げています。

選定療養や自由診療のように患者の自己負担が発生する提供形態では、継続の意味はさらに重くなります。費用を払い続ける価値があると患者自身が実感できなければ、利用は早期に途切れてしまうからです。効果の見える化と体験の質は、保険診療以上にシビアに問われることになり、この環境で鍛えられた製品は保険市場でも強い競争力を持つと考えられます。

最後に、継続率の改善は一度きりの施策ではなく、データに基づく継続的な改善プロセスであることを強調しておきます。どの画面で離脱が起きているか、どの通知が開封されているかを定常的に観測し、薬事上許される範囲で仮説検証を繰り返す体制、すなわち医療の質とプロダクトグロースの手法を両立させる組織能力こそが、DTx企業の模倣困難な資産になります。

リアルワールドデータで価値を証明する

継続率への投資は、リアルワールドデータ(RWD)という形で回収されます。処方後の利用ログ・症状記録・アウトカムのデータは、製品改良の材料であると同時に、支払側・医療界への価値証明の根拠となるからです。ドイツDiGAでは仮収載期間中の有効性証明にリアルワールドでのデータが活用され、日本の二段階承認の枠組みでも市販後データの収集が制度の前提となっています。継続率が高いほど質の高いデータが集まり、データが集まるほど製品と評価が強くなる好循環が生まれます。

今後は、ウェアラブルデバイスとの連携による受動的データ収集や、生成AIを活用した対話的なフォローなど、患者の負担を増やさずにエンゲージメントとデータの質を高める技術が実装段階に入ります。「使い続けられる治療」をつくる能力は、疾患知識や薬事対応力と並ぶDTx企業のコアコンピタンスであり、提携先を評価する製薬企業や投資家にとっても、継続率データは最も雄弁なデューデリジェンス資料になるでしょう。業界の中長期の方向性は将来展望のページもあわせてご覧ください。

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