治療用アプリの保険適用の仕組み
日本の保険診療では、医療機器の費用は「特定保険医療材料」として材料価格で償還されるか、医師の行う診療行為への「技術料」に包括して評価されるかのいずれかが基本です。治療用アプリはこれまで主に後者の考え方で評価されており、医師がアプリを処方し患者を指導・管理する行為に対して診療報酬点数が設定され、その中にアプリ使用のコストが織り込まれる形が取られてきました。
保険適用のプロセスとしては、薬事承認を取得した企業が保険適用希望書を提出し、保険医療材料等専門組織での検討を経て、中央社会保険医療協議会(中医協)で承認されると、保険診療での使用が可能になります。新規性の高い機能区分での評価(C2区分など)を目指すのか、既存の技術料に包括されるのかによって、収益構造は大きく変わります。
ここで重要なのは、薬事承認と保険適用が独立した審査である点です。承認済みでも保険適用が認められなければ、保険診療の枠内では処方できません。実際に不眠障害用アプリでは保険適用が見送られる事例が生じており、開発企業は薬事戦略と償還戦略を一体で設計する必要があります。
保険適用の区分についても押さえておきましょう。新規の医療機器が保険適用される際は、既存の技術料に包括される区分から、新たな技術料や加算が設定される区分(いわゆるC1・C2など)までの類型があり、治療用アプリのような新概念の製品は新規性の高い区分での評価を目指すことになります。どの区分で評価されるかによって収益性が大きく変わるため、薬事戦略の段階から償還区分を見据えた製品定義を行うことが実務の定石です。
プログラム医療機器等指導管理料 ― 2024年度改定の意味
2024年度診療報酬改定は、治療用アプリの償還制度にとって画期となりました。それまで禁煙治療補助システムや高血圧治療補助アプリごとに個別に設定されていた評価が、「プログラム医療機器等指導管理料」という共通の管理料体系に再編され、医師がプログラム医療機器を用いて患者を指導管理する行為が制度上明確に位置づけられたのです。
この再編には、個別品目ごとのアドホックな対応から、プログラム医療機器という製品カテゴリー全体を見据えた恒常的な評価体系への移行という意味があります。後続の治療用アプリが保険適用を目指す際の「受け皿」が整理されたことで、開発企業にとっては償還の予見可能性が一歩高まりました。あわせて、アプリ使用に係る加算の扱いなど、品目特性に応じた評価の枠組みも整えられています。
もっとも、評価水準そのものが十分かどうかは業界内で議論が続いています。ソフトウェアの開発費・治験費用・保守運用費を回収できる点数設定でなければ、産業としての持続性が損なわれるためです。2026年度改定に向けても、プログラム医療機器の評価の在り方は中医協の継続的な論点となっており、業界団体からは費用対効果や医療資源削減効果を反映した評価を求める意見が示されています。
評価体系の実務では、指導管理料の算定期間や回数、アプリ使用に係る加算の設定が製品ごとの収益を左右します。禁煙のように一連の治療として期間が区切られる領域と、高血圧のように継続的な管理が想定される領域では、点数の積み上がり方が異なります。開発企業は、自社製品の治療プログラム設計と算定ルールの整合を早期に検討し、医療機関にとっても算定しやすい運用を設計する必要があります。
価格算定の課題 ― ソフトウェアの価値をどう測るか
治療用アプリの価格算定には、従来の医療機器とは異なる難しさがあります。物理的な原材料費が存在せず、開発費のほとんどがソフトウェア開発と臨床試験という先行投資であるため、製造原価の積み上げによる原価計算方式では実態を捉えにくいのです。一方、類似機能区分比較方式を使おうにも、比較対象となる既存材料が存在しないケースが大半です。
また、医薬品であれば投与量や日数に応じて売上が積み上がりますが、治療用アプリは一定期間の治療プログラムとして提供されるため、患者一人当たりの収益が治療期間で頭打ちになります。禁煙のように治療が短期完結する領域では、患者数の拡大がそのまま収益拡大の条件となります。慢性疾患で長期利用が想定される領域では、継続利用にどう報酬を紐づけるかが論点です。
海外に目を向けると、ドイツDiGAでは収載後の一定期間はメーカーが価格を設定し、その後に保険者団体と交渉する方式が採られ、成果連動型の価格要素も導入されつつあります。日本でも、費用対効果評価の活用やアウトカムベースの評価など、ソフトウェア医療の価値を適切に測る仕組みづくりが今後の制度課題と目されています。
選定療養と保険外併用 ― 新たな提供ルート
2024年度改定で導入された「プログラム医療機器等に係る選定療養」は、日本のDTx提供スキームに新しい選択肢を加えました。選定療養とは、保険診療と併用して患者の自己負担で追加サービスを受けられる仕組みで、差額ベッドなどが代表例です。この枠組みに、薬事承認済みでありながら保険適用に至っていないプログラム医療機器の使用や、保険で定められた期間を超えた継続使用が位置づけられました。
これにより、保険適用が見送られた不眠障害用アプリのような製品でも、保険診療の中で医師の診療と組み合わせて患者に提供する道が開かれました。開発企業にとっては、保険償還を待つ間も市場での実績とリアルワールドデータを積み上げられる意義があり、将来の保険適用申請に向けたエビデンス構築の場としても機能します。
ただし、患者自己負担が発生するため、価格設定と価値訴求のバランスが問われます。自己負担でも使いたいと思わせる製品体験と効果実感をつくれるかという、コンシューマーサービスとしての競争力が試される場でもあり、保険償還一本足ではないハイブリッドな事業設計の巧拙が現れるポイントです。
DTxのビジネスモデル類型
治療用アプリ・DTx企業の収益モデルは、保険償還型を軸にしつつ多様化しています。主要な類型を整理すると次のとおりです。
| モデル | 収益の源泉 | 特徴・代表例 | 主な課題 |
|---|---|---|---|
| 保険償還型(処方型) | 診療報酬(技術料・加算) | 医師が処方し保険診療で提供。国内の禁煙・高血圧アプリが該当 | 償還獲得の不確実性、点数水準、処方普及 |
| 選定療養・自由診療型 | 患者自己負担 | 保険適用前の承認済みSaMDや保険期間終了後の継続利用に対応 | 価格受容性、患者への価値訴求 |
| B2B2C型(保険者・企業経由) | 保険者・雇用主の負担 | 健保組合の保健事業や企業の健康経営プログラムとして提供 | 成果の証明、契約更新率 |
| 製薬提携型 | 契約一時金・マイルストーン・ロイヤルティ | 開発は自社、販売は製薬企業。サスメド×塩野義などが該当 | 提携条件、主導権の設計 |
| 海外展開型 | 海外の償還・自費市場 | ドイツDiGAへの収載や米国市場への展開で収益源を分散 | 各国規制対応、現地パートナー |
実際には、これらを組み合わせたポートフォリオ経営が主流になりつつあります。保険償還を製品価値の証明として獲得しつつ、保険者・企業チャネルや海外市場で収益を積み増す設計です。米国でも、保険償還の遅れに直面した企業が雇用主・保険者チャネルへ軸足を移した経緯があり、償還一本足のリスク分散は世界共通のテーマとなっています。
海外の実例を見ると、米国では雇用主・保険者向けのデジタルヘルスプログラムが大きな市場を形成しており、糖尿病管理や筋骨格系ケアの分野で年間契約型のサービスが普及しています。医療保険の償還を待たずに成立するこの市場の存在が、米国DTx企業の資金繰りを支えてきた側面もあります。日本でも健保組合の保健事業や自治体の重症化予防事業が同様の受け皿となり得ると考えられ、保険診療と保健事業の双方を視野に入れた製品設計が有効です。
収益性と持続可能性 ― 業界が乗り越えるべき構造課題
DTx事業の損益構造は、先行投資(開発・治験・承認取得)が大きく、限界費用が小さいというソフトウェア型です。損益分岐点を超えれば高い利益率が期待できる半面、処方数が伸びない限り固定費が重くのしかかります。米Pear Therapeuticsが承認取得後も償還と処方の拡大が追いつかず経営破綻に至った事例は、この構造リスクを象徴しています。
国内でも、処方拡大のボトルネックとして、医療機関側の導入手続やITリテラシー、医師への情報提供体制、患者の継続利用率などが指摘されています。これらを解消するために、製薬企業の営業網の活用、電子カルテ・オンライン診療システムとの連携、患者サポートセンターの整備といった「流通・実装インフラ」への投資が進められています。
中長期では、費用対効果データの蓄積により、治療用アプリが医療費削減に寄与することを示せるかが、償還水準の改善と市場拡大の鍵を握ります。保険償還・選定療養・民間チャネルという複線的な収益基盤を築いた企業から、持続可能な成長軌道に乗っていくと考えられます。製薬企業との提携戦略については次ページで詳述します。