診察室で医師が患者に治療用アプリを処方している場面

国内承認済み治療用アプリ ― 薬事承認と保険適用の実績を読み解く

日本国内で薬事承認を取得した治療用アプリは、2020年のCureApp SCを皮切りに着実に増えています。本ページでは、代表的な承認品目を一つずつ取り上げ、承認・保険適用の経緯、臨床エビデンス、事業上の意義を整理します。承認実績の分析は、後発参入や提携先評価の基礎資料としても有用です。

国内初の治療用アプリ ― CureApp SC(ニコチン依存症)

「CureApp SC ニコチン依存症治療アプリ及びCOチェッカー」は、株式会社CureAppが開発した国内初の治療用アプリです。2020年8月に薬事承認を取得し、同年12月に保険適用されました。禁煙外来における標準治療(禁煙補助薬と医師の指導)に上乗せする形で使用され、患者アプリ・医師アプリ・呼気一酸化炭素(CO)濃度測定器の三点で構成されています。

治療の中核は、認知行動療法に基づく心理的依存へのアプローチです。患者はアプリを通じて毎日、体調や喫煙欲求を記録し、状態に応じた個別のガイダンスや動画コンテンツを受け取ります。多施設共同ランダム化比較試験では、標準治療にアプリを追加した群で継続禁煙率の有意な改善が示され、この臨床エビデンスが承認と保険適用の根拠となりました。

ビジネスの観点では、CureApp SCは「治療用アプリが保険診療に組み込まれ得る」ことを日本で初めて実証した点で画期的でした。診療報酬上の評価が確立したことで、後続の開発企業にとって事業計画の前提となる償還の道筋が可視化され、国内DTx業界全体の投資環境を大きく前進させたと評価されています。

実際の診療では、禁煙外来の初回診察でアプリが処方され、患者は約半年の治療プログラムの中でアプリと携帯型COチェッカーを日常的に使用します。呼気CO濃度という客観的データが毎日記録されるため、医師は診察間の患者の状態を踏まえた指導ができ、患者は数値の改善を実感しながら禁煙を継続できます。処方から治療完遂までの一連の体験設計は、後続の治療用アプリ開発における参照モデルとなっています。

CureApp HT ― 高血圧治療補助アプリという転換点

CureAppが開発した「CureApp HT 高血圧治療補助アプリ」は、2022年4月に薬事承認を取得し、同年9月に保険適用されました。高血圧症を対象とする治療用アプリの薬事承認は世界的にも先駆的な事例とされ、依存症以外の生活習慣病へDTxの適応が広がる転換点となりました。

同アプリは、減塩・運動・睡眠・飲酒などの生活習慣に関する行動変容プログラムを患者ごとに最適化して提供し、家庭血圧の記録と組み合わせて降圧を支援します。国内多施設ランダム化比較試験「HERB-DH1」では、アプリ使用群で24時間自由行動下血圧などの有意な低下が示され、その結果は欧州心臓病学会での発表や国際学術誌への掲載を通じて国際的にも注目を集めました。

高血圧は国内の患者数が非常に多い疾患であり、治療用アプリの対象市場としての規模は禁煙領域を大きく上回ります。一方で、患者数が多いだけに医療経済への影響も大きく、診療報酬上の評価や対象患者の設定をめぐる議論も丁寧に行われました。CureApp HTの承認・償還プロセスは、生活習慣病DTxの事業設計を考えるうえで最重要のケーススタディと言えます。

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診療上の位置づけとしては、生活習慣の修正が治療の中心となる患者層に対して、医師の指導を補完する形でアプリが処方されます。降圧薬の処方前・処方中を問わず生活習慣改善は高血圧治療の基本であり、アプリはその実行支援を担います。治療プログラムは数か月にわたって段階的に進行し、家庭血圧の推移が医師と共有されることで、診察時の治療方針決定にも活用されるという、データ駆動型の高血圧診療の入り口にもなっています。

サスメド Med CBT-i ― 不眠障害用アプリと償還の壁

サスメド株式会社の「サスメドMed CBT-i 不眠障害用アプリ」は、2023年2月に薬事承認を取得しました。不眠症に対する認知行動療法(CBT-i)をアプリで提供するもので、睡眠薬に依存しない不眠治療の選択肢として医療現場の期待を集めています。販売面では塩野義製薬との提携により、製薬企業の販路を活用する体制が構築されました。

一方、同アプリは保険適用の局面で大きな試練に直面しました。中医協での審議において、既存治療との比較や有効性評価の観点から保険適用が見送られ、承認済みでありながら保険診療で使用できない期間が生じたのです。この経緯は「薬事承認と保険償還は別のハードルである」という業界の構造的課題を象徴する事例として、広く知られることになりました。

その後、2024年度診療報酬改定で導入されたプログラム医療機器等に係る選定療養の枠組みにより、保険適用に至っていない承認済みSaMDを保険診療と併用して提供する道が開かれ、不眠障害用アプリの患者アクセスにも新たな選択肢が生まれています。承認・償還・提供スキームの三段階をどう設計するかは、DTx事業の成否を分ける論点です。

広がるプログラム医療機器 ― 行動変容系以外の動き

治療用アプリの承認が続く一方、プログラム医療機器(SaMD)全体を見渡すと、その裾野はさらに広がっています。画像診断を支援するAIプログラムは既に多数承認されており、内視鏡画像から病変候補を検出するソフトウェアや、CT・MRI画像の読影を支援するプログラムなどが医療現場に実装されています。これらは診断支援SaMDと呼ばれ、治療介入を行うDTxとは区別されますが、審査や保険評価の考え方では共通する論点を持ちます。

治療領域でも、ゲームやVRを用いたニューロテック系プログラム、リハビリテーション支援ソフトウェア、疾患管理と服薬支援を組み合わせたプログラムなど、多様な形態の開発が進んでいます。米国でゲーム型ADHD治療プログラムが承認された事例に見られるように、「アプリ」の枠を超えたデジタル治療介入が次の承認候補群を形成しつつあります。

ビジネスユニットとしては、狭義の治療用アプリだけでなく、診断支援から治療・リハビリ・疾患管理までのSaMD全体をポートフォリオとして俯瞰し、自社の強みが活きる領域を見極めることが重要です。規制上の分類と保険評価の詳細は薬事承認プロセス(SaMD)で解説しています。

国内の開発パイプラインに目を向けると、うつ病・不安症・依存症などの精神領域、慢性疼痛、婦人科領域、小児発達支援など、多様な疾患で治験・臨床研究が進行しています。大学発スタートアップや診療科発のシーズも多く、アカデミアと企業の共同開発が活発です。承認済み3領域に続く品目がどの疾患から生まれるかは、業界ウォッチャーの最大の関心事の一つと言えるでしょう。

主要承認品目の比較表とタイムライン

国内の代表的な治療用アプリについて、対象疾患・承認時期・保険適用状況を整理すると次のとおりです。

製品名 開発企業 対象疾患 薬事承認 保険適用の状況
CureApp SC(COチェッカー含む) CureApp ニコチン依存症 2020年8月 2020年12月に保険適用(禁煙治療補助システムとして評価)
CureApp HT CureApp 高血圧症 2022年4月 2022年9月に保険適用(治療補助アプリとして評価)
サスメドMed CBT-i サスメド(販売提携:塩野義製薬) 不眠障害 2023年2月 保険適用は見送り。選定療養の枠組みを活用した提供へ

国内治療用アプリ承認の歩み

  • 2020年8月
    CureApp SCが国内初の治療用アプリとして薬事承認。同年12月に保険適用され、禁煙外来での処方が開始。
  • 2022年4月
    CureApp HTが高血圧症を対象に薬事承認。生活習慣病領域への拡大が始まる。
  • 2023年2月
    サスメドの不眠障害用アプリが薬事承認。精神・神経領域に承認品目が広がる。
  • 2024年6月
    診療報酬改定でプログラム医療機器等指導管理料が新設。選定療養の枠組みも導入され、提供スキームが多様化。
  • 2025年〜
    うつ病・ADHD・依存症・糖尿病など多数のパイプラインが治験段階に。承認品目のさらなる拡大が見込まれる。
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承認品目から見える審査・償還の論点

これまでの承認事例を並べると、日本のDTx業界が直面する論点が浮かび上がります。第一に、薬事承認のハードルです。治療用アプリの治験では、偽アプリ(シャム)を対照とした比較試験の設計や盲検化の担保など、医薬品とは異なる方法論上の工夫が求められます。承認までに必要な期間と費用は、スタートアップの資金計画に直結します。

第二に、保険償還のハードルです。薬事承認を得ても、中医協での保険適用の審議を通過しなければ、保険診療での処方はできません。不眠障害用アプリの事例が示すように、承認と償還の間には独立した審査が存在し、既存治療との比較優位性や医療経済性の説明が問われます。事業計画では、償還されない場合の代替シナリオ(選定療養、自由診療、海外展開など)まで織り込む必要があります。

第三に、処方後の利用実態です。保険適用された後も、医療機関への導入、医師の処方行動、患者の継続利用という普及のハードルが続きます。承認済みアプリ各社は、学会ガイドラインへの掲載、医療機関向けサポート体制、患者エンゲージメント設計の改善に取り組んでいます。処方後の継続率の論点はブログ記事でも掘り下げていますので、あわせてご覧ください。